〜夕食中の水野家にて〜
「真理子、来週の水曜日って予定ある?」
「どうかしたの?」
「ちょーっと頼みたいことがあるのよね。」
…孝子伯母さんがにーっこりと笑顔で母さんにそう言った。
ああいうときの伯母さんの頼みたいことにろくな事はない。
「頼みたいこと?」
「えぇ。その日一日だけ赤ちゃん預かって欲しいのよね。」
「赤ちゃん?」
「そうなの。友達がちょっと育児ノイローゼっぽくなってて息抜きさせたいのよ。で、その間だけ
赤ちゃんを預かって欲しくて。」
やっぱり…。
とりあえず、巻き込まれないうちに部屋に戻った方が懸命だな。
そう思って食器を持って流し台の方に向かったとき、困ったように母さんが答えた。
「預かるのはいいけど、その日は1時間くらい家を空けなくちゃいけない用事があるのよね…。お母さ
んも水曜日はいないのよね?」
「そうなのよ、水曜日はお友達の家にお呼ばれしているから…。」
「困ったなぁ…あ!竜ちゃん〜、確か水曜日オフって言ってなかった?」
ガチャン!!
思わず持っていた食器を流し台に落とした。
「確かにオフだけど、子供の…それも赤ん坊の面倒なんて俺が見れるわけないだろ!?」
「竜ちゃんに期待はしてないわよ〜。私期待してるのは彼女のちゃんの方。オフなら会う約束
とかしてるでしょ?」
ニコニコしながら『してないなんて言わせないわよ〜』というオーラを出してる孝子伯母さん。
…何で俺のオフの予定まで把握してるんだよ…。
「…してるけど。まさか、に面倒見させろとか言わないよな?」
「言うわよ〜。私がお願いなんて滅多にしないんだから聞いてよ?」
お願い…と言った感じで顔の前で手を合わせる。
よく言うよ、しょっちゅう面倒なこと押し付けるくせに。
「それはに聞かないと返事できないけど。」
「じゃあ、ちゃんに聞いてみようっと♪」
おもむろに携帯を取り出し番号を押し始める。
「は!? なんで孝子オ…さんがの番号知ってるんだよ!!」
「あら、メアドも知ってるわよ?」
「母さんも知ってる♪」
「だからどうして! ってか、何で母さんまで…」
「「だってちゃんとメル友だもん。」」
声ハモらせていう2人を目の前にして思わず頭抱えてしゃがみこんだ。
…何でこの2人に番号とかアド教えてんだよ…。
「あ、ちゃん? 孝子です。お久しぶり〜。」
そんなことを考えてると食卓の方から孝子伯母さんの声が聞こえてきた。
「でね、お願いがあって…」
…頼むから断ってくれよ。
「ってわけで、真理子の出かける一時間だけ見て欲しいんだけど…いいかな? え?本当?良かった〜、
助かるわ♪」
ムリ…だよな、あいつは頼まれると嫌って言えないだろうし、小さい子供が大好きで『子守をして欲しい』な
んて言われたら二つ返事だろう。
久々のオフでデートだったんだけどな明日は…。
結局明日は俺の家で会うことに強制的になってしまったんだ。
「それじゃ真理子、竜ちゃん、よろしくねv」
「すみません、よろしくお願いします。」
「いいえ、お気になさらずゆっくりしてきてくださいね。」
あっという間に水曜日はやってきて、孝子伯母さんの友達が子供を預けに来た。
最初、その友達は俺たちに子供を預けるのをためらっていたそうだけど、そこは孝子伯母さんが押し切ったらしい。
まぁ…友達が悩んでるのを見てられなかったんだろうな。
「あ、その子の名前は『ソウキ』君って言うからよろしく♪」
「ソウキ…?」
「はい、蒼く輝く…で『蒼輝』と言います。」
「そっか、蒼輝君ね? いい名前ね〜。」
母さんはニコニコしながらそうあやすと嬉しそうに赤ん坊は笑った。
「すっごく人懐っこい子だからあんまりぐずらないと思うわ。それじゃ、後よろしく〜。」
「よろしくお願いします。蒼輝、いい子にしててね?」
そう言って孝子伯母さんと友達は出かけていった。
それから10分もすると今度はがやってきた。
「こんにちは〜。」
「いらっしゃい。」
「お邪魔します。竜也、赤ちゃんもう来てるの?」
「あぁ。ついさっき来た。」
「あら、ちゃんいらっしゃい♪」
「真理子さん、こんにちは…あ、その子が預かった赤ちゃんですか?」
「えぇ、蒼輝君って言うの。」
「ソウキ…?」
「クスクス、蒼く輝く…で、蒼輝ですって。」
「あ、そうなんだ…って、真理子さんなんでそんなに笑ってるんですか?」
「クスクス、だって蒼輝君の名前聞いたときの反応が竜ちゃんと同じだったんだもの。」
「は!?」
クスクスずっと笑っている母さん。
反応なんていちいち覚えてないっての。
それから俺たちは母さんから赤ん坊と遊びながら子守の仕方を教わった。
たかが一時間でも俺たちがちゃんと見てやらないと何かあってからじゃ遅いから。
「やっぱり子供好きなだけあってちゃんはあやし方や抱き方上手ね。」
「そうですか? あ、でも妹と歳が離れててよく面倒とか見てたのでそのせいかも。」
にこっと笑って子供をあやしてるは本当に子供好きなのがオーラになって出ているようだった。
「竜ちゃんも抱いてみたら?」
楽しそうに子供をあやしている2人をボーっと見てるといきなり母さんに話をふられた。
「は?」
「そだね、竜也まだ抱いてないでしょ? はい!」
ニッコリ笑って抱いた赤ん坊を俺に差し出す。
それをニコニコ微笑みながら見る母さん…。
俺は拒否することも出来ずに恐る恐る手を出した。
子供を抱くなんて初めてのことかもしれない。
「蒼輝君、お兄ちゃんですよ〜♪」
壊れ物を抱くようにしている俺の腕の中の赤ん坊に笑って話しかける。
赤ん坊は…笑いながらに手を伸ばす。
「…懐かれてるな。」
「そうかな? 男の子だから女の子が好きなのかもよ?」
「何言ってんだよ、赤ん坊なんだからそんなのわかんないだろ。」
「そんなことないよ? 家のママが言ってたもん、赤ちゃんでも男の子は女の子が、女の子は男の子がわかるって。」
「そうなのか?」
「うん。よくよく考えると、小さい子でも従姉妹のお姉ちゃんトコの赤ちゃんは女の子で私が抱くとまだ泣いちゃう
んだよね。でも、弟が抱くと大人しいの。」
苦笑しながらそんな風にぼやく。
「それはにただ慣れてないだけだろ?」
「うぅん、弟の方が合ってる回数少ないもん。それにしても蒼輝ちゃんはいい子だね〜♪」
そんな風に話をしていた俺たちをニコニコしながら見ていた母さんはふと
「そうやって見てると竜ちゃんとちゃん夫婦みたいね♪」
と何のためらいもなく言った。
「はぁ!?」
予期していなかった台詞に子供を抱いてることも忘れて思わず声を荒げてしまった。
とたんに泣き出しそうになる赤ん坊。
「竜也? ダメだよ、大きい声出しちゃ…。」
慌てる事無く俺の手から赤ん坊を抱いてよしよしとあやす。
お前…今母さんが言ったこと聞いてたのか?
「クスクス、ちゃんすぐにでも良いお母さんになれそうね。」
「そうですか? 真理子さんにそう言われると何か調子に乗っちゃいそう♪」
「いいわよ? ね、竜ちゃん早くちゃんにお嫁に来てもらいましょうね〜♪」
「母さん!!///」
…が何も言わないのがどうしてかわかった。
あいつ、俺が母さんにいいようにからかわれるってわかってたんだな…。
「クスクス、竜也顔真っ赤だよ?」
「うるさい!」
「竜ちゃんたら照れてるのね。」
クスクスと2人で笑いながら話しているのを見ると本当に敵わないと思う。
悔しいから絶対に口にしないけど。
結局、俺たちは赤ん坊の子守だけで一日過ごした。
赤ん坊の母親は1日孝子伯母さんとゆっくりできたのか迎えに来たとき、朝よりだいぶ明るい表情に戻っていた。
赤ん坊を見送り、俺はを送るために一緒に家を出た。
「ちゃん、今日は本当にありがとう。」
「いいえ、すっごく楽しかったです。こちらこそありがとうございました!」
「今度一緒にお茶でも行きましょ? 今日のお礼、したいもの。」
「アハハ、お気になさらないでください。」
「ちゃん、今度はゆっくり遊びに来てね?」
「はい。お邪魔しました。」
「それじゃ、送ってくるから。」
「えぇ、気をつけてね。」
いろんな話をしながら歩いて気づくともうすぐの家。
「竜也、もうこの辺でいいよ。竜也、慣れないことして疲れたでしょ?」
「…わかった。今日は本当に悪かったな。」
「ううん、私は楽しかったもん。でも…せっかくのオフだったのに私こそゴメンネ?」
「何が?」
「子守、引き受けちゃったの私だから…。赤ちゃんのお世話って聞いて嬉しくて即OKしちゃったけど、今日っ
て久々のデート日和だったのにね。」
苦笑しながらそういうに俺まで思わず苦笑してしまう。
「別に。あれはあれで楽しかったから気にしなくていい。」
確かに最初は久々のデートなのに…と思っていたけど、の楽しそうに子守してる顔見てたらこんなオフもたま
にはいいと思ったんだ。
「ありがと。それじゃ竜也、家に着いたらメールするね。」
「あぁ。俺も家に着いたらメールする。」
「はーい。それじゃまたね?」
ニッコリ笑って自分家に歩き始めたを見て、俺も歩き始めたその時…
「竜也!」
名前を呼ばれて振り返った。
「今度は本当に私たちの赤ちゃんの世話、したいね♪」
そういきなり言われ思わず赤面する俺。
「おまっ…な、何言って…」
動揺して言葉が出ない俺を見ていたずらっ子のように笑った。
…アレは本当に母さんや孝子伯母さんたちに影響されたな…。
「アハハ、顔真っ赤だよ竜也。」
「!!」
「ごめんって。でも…赤ちゃんのことは本当の話だもん♪」
そう言ったの顔を良く見るとほんのり赤く染まっていた。
「じゃあね、竜也!」
そんな顔を見せるのが照れくさいのか、はくるっと踵を返すと走っていった。
「…そんなこといい逃げするなよ…///」
結局俺は顔のほてりを少しでも冷まそうと遠回りしながら家に向かった。
こんな俺たちが幸せな家庭を築くのもそう遠くない未来じゃないかもしれない…思わずそう考えてしまったある日の休日。